夢を捨てた俺に忘れない夏が来た(2)
- 153 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:17:57.29 ID:isNjsBjJ0
- おばさん「1君、夕飯できたよー」
気づくと、1階から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「はーい」と生返事をしつつ1階の居間に降りると、
おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん(義父の弟)、奈央がテーブルを囲っていた。
俺は身構えて再び自己紹介をして、食卓についた。
おばさんが台所から出てきて、「とってもいい子だよ」と言って笑った。 - 154 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:19:30.39 ID:isNjsBjJ0
- おばあちゃんはにこにこして「よく来たじゃんねぇ」と喜んでくれた。
おじいちゃんはあまり表情を崩さず、少し怖い印象を受けた。
そして、おじさんはビールを飲みながら
「まあ何もない田舎だけど、ゆっくりしてけしw」と笑っていた。
義父の堅い印象とは裏腹に、とても温和そうな人に見えた。
なんでも、地元の農協で働いているのだとか。 - 155 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:22:07.93 ID:isNjsBjJ0
- 奈央はテーブルの向こうに座っていて、力なく笑っていた。
さっきはもっとハキハキした子に見えたけど、家族の前だとやはり恥ずかしいのだろうか、
それとも、俺の最後の態度にひっかかる所があったからだろうか…
どうしようか、奈央にいつ謝ろうか、そんな事を考えているうちに、
目の前には沢山の料理が出てきた。
初日の料理は印象的で、おばさんが張り切ったせいなのか、
豚の生姜焼きに、そうめんに、外で冷やしてあっただろうキュウリの浅漬やトマトなど、
夏っぽいメニューがわんさか出てきて、それはもう食べ切れなかった。 - 156 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:24:10.18 ID:isNjsBjJ0
- おばさん「奈央、1君とは話した?」
奈央「え、うん…ちょっと」
おばさん「そう、それならよかったw」
奈央はいかにも気まずい、という感じで下を向いてしまった。
おじさん「奈央も見習って勉強しっかりやらんとだめだぞ」
奈央「わ、わかってるよ、そんなこと」
おじさん「信用出来ないな~w」
どうやらおじさんは、少し酒に酔っているようだったw
みんなでテレビを見て元気に笑いながら夕飯は進み、
夏の宵闇の時間が過ぎていった。 - 157 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:25:50.06 ID:isNjsBjJ0
- 夕飯が終わるとおばさんが片付けを始めたので、
俺も率先して洗いものを手伝ったりした。
奈央に一言声をかけようと思ったものの、
ご飯が終わるとすぐに部屋に戻ってしまった。
ふと、縁側で食後の一服をしていたおじさんに呼ばれた。
おじさん「1君、こっち来おし」
俺「あ、はい」
縁側に座ると、外の青臭い夏の匂いを感じた。
わずかに、「リリリリ…」という虫の声も聞こえた。
空には、微かに星が光っていて、俺は「はー…」と唸ってそれらを眺めた。 - 158 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:27:07.26 ID:isNjsBjJ0
- おじさん「どうでこっちは?すごい田舎でしょw」
俺「ああ…そうですね。色々初めてです、こういうの…でも、いい感じですね」
おじさん「それはよかったw」
おじさん「でもなんだか不思議なもんだよねぇ」
おじさんは、そう言ってゆっくりと煙を吐き出す。
俺が「何がですか」と聞き返す前に、おじさんは続けた。
おじさん「1君は、今いくつ?酒は飲めんのけ」
俺「あ、20歳なので…たまには飲んだりも」
おじさん「それはいいなw」
おじさんは嬉しそうにおばさんを呼んだ。
おじさん「母さん、ちょっと瓶持って来てよ!あとグラス2つね」 - 159 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:28:54.81 ID:isNjsBjJ0
- 家の奥から「もー、はいはい」という声が聞こえて、
俺とおじさんの間に、冷えた瓶ビールとグラスが置かれた。
おばさん「1君は勉強しに来たんだからー…あんまり変なことさせちょし」
そう言われて、おじさんは「わーかってる!少しだけだから!」と苦笑いした。
こうして見ているとおじさんはまるで小学生のように楽しい人で、(酔っているのもあるが)
あの義父の弟さんには、やっぱり見えなかった。
そして独特の方言も、なんだか俺には心地がよかった。 - 160 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:31:22.05 ID:isNjsBjJ0
- おじさん「ほらほら」
おじさんが楽しそうに俺の持ったグラスにビールを並々と注いでいく。
もう大丈夫ですwと言ってもおじさんは子供のように「まだまだ」と言って聞かなかった。
おじさん「じゃ、乾杯だな」
そう言われて、カチンとグラスを突き合わせた。
夏の夜風に混じって「リーーン」と虫の声が聞こえる中で飲むビールはやっぱり美味しくて、
思わず二人で「かぁー!」とうなってしまった。
しばらくおじさんは、黙って煙草を吸い続けた。
途中、「吸うけ?」と言われたが、俺はそれとなく断った。 - 161 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:34:14.80 ID:isNjsBjJ0
- おじさん「お父さん…って言っていいのかあれだけんど」
俺「はい?」
おじさん「アイツとは、上手くいってるけ?」
さっきまでのにこやかな表情ではなく、少しだけ物憂げな表情に変わっていた。
俺「ああ、まあ…ハイ。それなりには」
おじさん「ほうけ。それならまあ…ごめんね、変なこん聞いちゃって」
俺「いえ、とんでもないです…」
俺がそう答えて、しばらくその場で虫の鳴き声だけが響いていた。
俺「僕の方こそ、突然押しかけて…これからお世話になります」
俺がそう言うと、おじさんは力なく笑って「ゆっくりしてけばいいよ」と言ってくれた。 - 162 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:35:18.01 ID:isNjsBjJ0
- その後、おじさんとしばらく縁側で話したが、
「勉強なんてテキトーでいいだ」だの「今度一緒にパチ●コでも打ちに行かないか」など、
あまりに義父とかけ離れたことばかりを言われて、驚いた反面、
今までプレッシャーの中にいたので、とても安心できたのを覚えている。
これは俺の勝手な予想だが、もしかしたら息子ができたと思ってくれたのかもしれない。
そうだったら嬉しいな、という俺の気持ちだが。 - 163 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:36:55.75 ID:isNjsBjJ0
- 次の日は、起きて居間に降りるともうおじさんと奈央の姿はなく、
おじいちゃんとおばあちゃんが朝ごはんを食べていた。
おばさん「おはよう、朝ごはん今するからね」
俺「あ、ありがとうございます。あの、奈央さんは…」
おばさん「あ、奈央?部活だってさっき出かけてったねぇ」
おばさん「図書館行くとか言ってたから、今日は夜まで帰ってこないと思うけど」
俺「ああ、そうですか…」
結局昨日の事を謝るタイミングを失ったな、と俺はがっくりうなだれた。 - 164 :名も無き被検体774号+ 2015/11/02(月) 00:39:13.91 ID:vTuaPW310
- 田舎の気のいいおっさんってこんな感じだよな
にしても方言っていいな - 165 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:39:52.18 ID:isNjsBjJ0
- おばさん「何?奈央に何か用事あった?」
俺「いえ、そういうワケではないんです」
俺はそのまま用意されたご飯を食べて、日が傾くまで部屋で勉強に集中した。
西日が差し込んでくる頃にはさすがに集中力が切れて、
ちょっと散歩でもしようかなって思った。
家の一階が何やらガタガタ騒がしくなったので、ちょっと気になって見に行ってみようと思った。
開けていいのか分からなかったが、書道教室の部屋に続くドアをそーっと開けて覗いてみた。 - 166 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:42:39.55 ID:isNjsBjJ0
- 何人もの小学生が長机に座って、みんなそれぞれに書道をしている。
全然集中しないでだれてる子もいれば、背筋を伸ばして集中している子もいる。
俺はそれがおかしくて、「ぷっ」と笑ってしまった。
その内のぞいてるのがバレて、男の子に、「あ、誰ー!?」と指さされた。
その騒ぎは瞬く間に広まって、
「初めて見る人だ!」「兄ちゃん誰!」と次々に集まってくる。
「先生これ誰ー?」と集まってくる生徒に、おばあちゃんは「はいはい、席に戻ってね」
と冷静に対応している。
おばあちゃん「この人は1君。今先生の家に泊まって受験勉強してるの」
と優しく説明をする。 - 168 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:43:48.64 ID:isNjsBjJ0
- 「え、じゅけんせいなの?」「ろうにんせいってやつじゃない!」
と、騒ぎが収まる様子はない。
俺も仕方なしに「こんにちは」などとテキトーな挨拶をして対応する。
おばあちゃん「1君は夢に向かって勉強してるの。みんなも見習ってね」
おばあちゃんのその一言が俺の心にぷつっと刺さって、俺は我に返った。
「え、なにそれ!」「兄ちゃんどっから来たの」などと、騒ぎが続く中、
おばあちゃんに「失礼しました」と一言謝って、すぐにその場を離れた。 - 169 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:46:49.07 ID:isNjsBjJ0
- 「俺の夢ってなんだ。」
おばあちゃんは俺が夢に向かって邁進してるように見えたんだろう。
勉強して、その先にかけがえのない夢がある、と―
俺は今、一体何のために勉強しているんだろうか。
そんな疑問、最初からあったのだけど、それすらも忘れようとして、
東京で色々問題を起こして、今ここに流れ着いて―
玄関に置いてあった、奈央のボロボロになったバレーボールを見て、
俺はそんなことを何度も何度も考えた。 - 170 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:47:58.35 ID:isNjsBjJ0
- それから数日は、奈央と上手く顔を合わせることがほとんどなく、
二人で対人したあの時の事を、ずっと謝れずにいた。
なぜだか俺はそれが気がかりで仕方なくて、勉強にも身が入らなかった。 - 171 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:51:04.68 ID:isNjsBjJ0
- 数日後の朝、居間に降りるとやけにバタバタして落ち着かない様子だった。
奈央「お母さん!なんで起こしてくれなかったの!」
おばさん「やーね。何度も起こしたじゃない。アンタ、大丈夫だって言うから」
奈央「もー、これじゃ間に合わないよ!」
寝坊してしまったのか、奈央がえらい剣幕でおばさんと口論していた。 - 172 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/02(月) 00:52:20.06 ID:isNjsBjJ0
- おばさん「ほんとね。この電車には乗れないから…そうすると30分以上あくわね」
おばさんが、時刻表らしきものを見ながらつぶやく。
奈央「集合時間に間に合わないじゃん…お母さん車で送ってよ」
おばさん「だめよ。私今日早番だからもう行かないとだから」
奈央「はー?何で今日に限ってぇ!」
おばさん「おじいちゃんとおばあちゃんは病院に行っちゃったし、だめだからね」
奈央「マジ有り得ない!じゃあ本当に遅刻じゃん…!」
その口論は収まる気配もなく、俺は階段の脇から眺めていた。
- 187 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/03(火) 01:27:06.75 ID:9B6+3UGn0
- 機をうかがって、どうしたのかと事情を尋ねてみる。
俺「あの、どうしたんですか…?」
おばさん「奈央、今日野球の応援だったらしいんだけど、見ての通り寝坊しちゃったのよ」
俺「ああ、なるほど…」
おばさん「野球の応援くらい、ちょっと遅刻したっていいんでしょ?」
おばさんが呆れた様子で奈央に問いかける。
奈央「だめ!絶対に行かないとなの!」
まるで見に行かないと死んでしまうとでも言わんばかりに、奈央の語気は荒かった。
おばさん「何をそんなに怒ってるのか知らないけど…無理なもんは無理よ」
おばさんにそう言われて、奈央は涙目になって肩を落とした - 188 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/03(火) 01:28:13.37 ID:9B6+3UGn0
- 俺もさすがにそれが見ていられなくて、一言聞いてみる。
俺「あの、車を出せば間に合うんですか?」
おばさん「え?まあ、今から電車で行くよりは…」
俺の言葉を聞いて、奈央がはっとした表情でこちらを見た。
俺「俺、車の免許ありますし…送っていけないことはないですけど」
俺がそう言うと奈央はまた一気に勢いづいて、
「ね、ね、お母さん!いいよね!?」とまくし立てた。 - 189 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/03(火) 01:29:18.78 ID:9B6+3UGn0
- おばさん「あのねぇ、1君に迷惑でしょ…」
奈央「でも他に車出せる人いないんだし、いいじゃん!」
おばさん「はーもう…この子ったら…」
おばさんはそう言って、微妙な面持ちで俺の方を見た。
俺「そういう緊急事態だったら、全然いいですよ」
俺「大丈夫です、安全運転で行くんでw」
おばさん「それじゃ悪いけど、このわがままな子連れてってもらえるかしら」
おばさん「本当に、気をつけてね。急がなくていいからね」
おばさんはそう言って、俺に車のキーを手渡した。 - 190 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/03(火) 01:33:03.26 ID:9B6+3UGn0
- 奈央もバタバタした様子で、急いでカバンやら荷物を持ってくる。
出かける間際、おばさんが俺と奈央に、
「暑いから」とペットボトルのポカリをくれた。
車に乗り込むと、案の定中は蒸し風呂のような熱気に包まれていて、
奈央が「早く冷房、冷房」と俺を急かした。
俺「すぐにはクーラー点かないから、ちょっと窓を開けておこう」
そう言って窓を開けると、外から「ジジジジジジ…」とやかましいくらいの蝉の声が聞こえた。
入ってくるのは蝉の声ばかりで、ちっとも風は来なかった。 - 201 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/03(火) 23:23:59.61 ID:vjeDc4kG0
- 初めて乗る車だったので最初は緊張したものの、しばらく運転していれば
すっかり調子をつかみ、俺の中にも余裕が生まれてきた。
俺「おばさんの車を借りてきたみたいだけど…いいのかな」
奈央「お母さんは自転車で仕事に行くから…大丈夫です」
俺「そっか」
車内に二人きりという事もあって、なかなか会話は続かない。
俺は「奈央に謝らないと」と何度も思ったが、それもなかなかに口にできない。 - 202 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/03(火) 23:40:49.37 ID:vjeDc4kG0
- 奈央「あの、なんか…迷惑かけちゃって…すいません」
俺「え、何が?別に、全然いいよこのくらい」
俺「こっちも篭もりきりだし、良い気分転換になるよ」
奈央「そうですか…ありがとうございます」
俺はその奈央の受け答えが妙にモヤモヤした。 - 203 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/03(火) 23:42:01.59 ID:vjeDc4kG0
- 俺「その敬語みたいな…やめない?」
奈央「え?」
俺「言うて2つくらいしか変わらないし、親戚なわけだし…」
奈央「あ、じゃあ…はい。分かった」
俺「うん、それでいいよ」
奈央は戸惑いつつも、俺の提案を受け入れてくれた。
俺はなんとなく、それがちょっとだけ嬉しかった。 - 204 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/03(火) 23:50:03.01 ID:vjeDc4kG0
- 俺「あのさ、この前はごめんね」
奈央「え、何が?何かあったっけ…」
奈央は本当に何のことなのか分かっていないようだった。
俺「この前、家の庭で対人した時…突然やめちゃってごめんね」
奈央「ああ…あの時の…」
奈央「あれは、私も変な事言っちゃったかなって思ってたし…」
俺「ううん、そんな事ないよ。…だから、ごめん」
奈央もなんて答えていいのか分からないようで、
「いや、そんな…」と言ってしばらく黙っていた。
俺はまた変な空気にしちゃったかな、と思って胸が騒いだ。 - 205 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 00:04:01.44 ID:mfxSqCDK0
- 奈央「もし」
俺「うん?」
奈央「またああいう事があったら、対人してくれない?」
奈央「一人でやるより、ずっと練習になったから」
俺「ああ、いいよ。いい息抜きになるから、声かけて」
そう言うと奈央は、「うん、よろしくね」と笑みを浮かべて手元のスマホをいじり出した。
俺も奈央のその表情を見て、なんだか安心した。
良かった、謝れて。
結局思いつめていたのは俺の一方的な感情で、
奈央はずっとずっと、心の広い子だったようだ。 - 206 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 00:06:47.81 ID:mfxSqCDK0
- 横を見ると、助手席に座る奈央の髪の毛に、キラっと光る髪留めが見えた。
よく見れば、何かオシャレをしているようにも映った。
俺「その、髪留めは―」
奈央「これ?別に……」
俺「いいんじゃない。似合ってると思うけど」
奈央「え、本当に?変じゃない?」
俺はそんな奈央を見てちょっと笑ってしまって、
「大丈夫、変じゃないから」と答えてあげた。 - 207 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 00:13:37.09 ID:mfxSqCDK0
- 奈央は、手に何か大事そうに持っていた。
野球のユニフォームの形をした、お守りのような…そんなものだった。
俺「それは、お守り?」
奈央「あ…ま、そんなとこ」
俺は「ははーん」と思って、微笑ましい気持ちになった。
奈央がどうしてそこまで時間どおりに行くことに固執していたのか、分かった気がした。
そう気づくと、自分でもにやけを抑えるのに必死になってしまって、少し大変だった。 - 208 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 00:24:19.50 ID:mfxSqCDK0
- 30分も車を走らせていれば、目的地である野球場に近づいてきた。
球場の敷地に入って、「駐車場はどこだ―」なんて言いながら進んでいると、
奈央が突然「あ、ニシ君!」と外を見て叫んだ。
俺が「は?」と言って聞き返す前に、
奈央は「ここでいいから!止めて止めて!」と座席を揺らした。
俺「帰りは、どうすんの?」
奈央「終わったらガッコ戻るから、別にいい!」
奈央は「ありがとね!」と言って勢い良く車から飛び出して行き、
球場脇にいた数人の野球少年たちの元へと走っていった。
そして、先頭に居た精悍な顔立ちをした少年と話しているようだった。 - 209 :名も無き被検体774号+ 2015/11/04(水) 00:26:00.46 ID:sb28UB8W0
- 甘酸っぱいw
支援 - 210 :名も無き被検体774号+ 2015/11/04(水) 00:26:01.73 ID:2Ae5m9aD0
- 青春だな
- 211 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 00:29:42.89 ID:mfxSqCDK0
- 「なるほど―あれが、ニシ君ってわけね」
俺は、「お守りちゃんと渡せたかなw」なんて思いつつ、
おばさんから借りた軽自動車を駐車場に停めて、球場へと向かってみた。
なぜだか知らないけど、俺は妙に楽しくなってしまって、
ちょっとウキウキした気持ちで球場へと歩いて行った。 - 212 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 00:31:34.78 ID:mfxSqCDK0
- 球場と言ってもとても簡素な作りで、
ほとんど屋外運動場のようなものだった。
両校の応援と、父兄らしき人や他校の野球部?が大勢いて、それなりに観客が来ていた。
かくいう俺は一塁側近くの外野席のようなところに座って、
遠くから試合を眺めることにした。
どうやら、奈央たちの高校は一塁側のスタンドのようで、なかなかの大所帯だった。
俺は、「そもそもこれ何回戦なんだ」とか疑問に思いつつ、
頭からタオルをかぶって、おばさんからもらったポカリをグッとあおいだ。 - 213 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 00:32:55.40 ID:mfxSqCDK0
- 昼前の良い時間帯で、球場には屋根も何もないから、
頭上からは嘘みたいに真っ白な日光が降り注いで、
今にも焼け焦げてしまいそうなほどだった。
「ミーンミーン」と遠くから聞こえる蝉の声でぼーっとしていると、
三塁側から「パパパーン!」と「ねらいうち」の演奏が勢い良く始まって、
「あ、始まったんだな!」と体を起こした。 - 214 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 00:34:23.33 ID:mfxSqCDK0
- 遥か遠くで、球児たちが元気いっぱいに躍動している。
どちらの高校が打っても球場全体に「ワアアアア!」という歓声が沸き起こり、
「パーパーパッパパー!」というブラバンの演奏が高らかに鳴り響く。
それは見ていてとても爽快なもので、全然関係ない俺も、
「よっしゃあああ!」「いいぞー!」と声を荒げるほどだった。
ブラバンの演奏がまた面白くて、
エヴァの曲だとか、ドラクエの曲みたいのまで吹いてて、
今はなんでもありなんだなぁ、と聴いていて楽しくなった。
定番の曲もいいが、知っている曲が流れてくると、何だか嬉しい。 - 215 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 00:35:50.37 ID:mfxSqCDK0
- そんな風にして俺も興奮していると、
『4番、ピッチャー、ニシ、くん』というアナウンスと共に、
先ほどのあの少年が打席に立った。
「ああ、ニシ君、エースで4番なのか。すごいなぁ」
なんて思って、「そりゃ奈央が好きにもなっちゃうわけだ」と笑ってしまった。
今までの演奏よりも一層力強く「パンパーン!!」と「カモンマーチ」が鳴り響いた。
勢いのある曲で、応援する側もついつい力が入ってしまう。
「かっとばせー!ニーシ!ニーシ!」という応援が響き渡る。
その力強い応援から、奈央の高校がことさらニシ君に期待してるんだな、ということが分かった。 - 216 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 00:37:54.02 ID:mfxSqCDK0
- ニシ君が勢い良く空振りする度に、
悲鳴にも似た「あーー…」という声が響いて、
「オッケー次々!!」という野球部の応援団の声が飛び交った。
俺も全然関係ないのだが、なぜだか彼にすごく打って欲しい気持ちが湧いて、
「かっとばせーにーーし!!」と声を張り上げた。
熱の篭った球場。彼は「カキン!」と快音を響かせ球を跳ね返したが、
内野ゴロに倒れ、あっという間にスリーアウトとなった。 - 218 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 00:42:58.45 ID:mfxSqCDK0
- 試合は終始接戦で手に汗握るものだったが、
その日「ニシ君」がヒットを放つことはなかった。
そして、奈央の高校は惜しくも敗北を喫した。
挨拶をし、1塁側スタンドに駆け寄ってくる野球少年たちは肩を落とし、
崩れ落ちて泣いている人もいた。
スタンドの生徒たちも「ありがとーーー!」「おつかれーーー!」と
声を上げていて、その健闘をねぎらっているようだった。
遠くでただ、「ミーンミーン」とうるさい蝉の声が聞こえて、スタンドの喧騒に混じりこんだ。 - 220 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 00:47:05.92 ID:mfxSqCDK0
- その中心には、泣く野球少年達と、あのニシ君の姿。
俺は心の中で「いいなぁ」と思った。
あの春高バレーの決勝を見に行った時の感情と、よく似ていた。
俺もできることなら、もう一度あの熱情の中に飛び込みたい。
沢山の声援や光を一心に浴びて、仲間と抱き合って駆け跳ねて、
勝ったら大喜びして、負けたら一緒に泣いて…
俺の夢―それは、バレーをしたいのももちろんだが…
多分、もう一度だけ、あのキラキラとした輝きと熱さの中に、飛び込みたかったんだ。 - 221 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 00:49:41.91 ID:mfxSqCDK0
- やり遂げられなかったバレーボール、部活。
例え途中で負けてしまっても、最後までやりきっていたら、
仲間と一緒に走り抜けていたら…
どんな景色が見えたんだろうか。
俺はそれを知らなかったから、見てみたいと思った。
ニシ君や、あの春高決勝で輝いていた選手たちのように…
仲間と一緒に走り抜けた先には、一体どんな景色があるんだろう―
そんなことを思った。 - 222 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 00:50:44.79 ID:mfxSqCDK0
- 試合が終わって、両校の応援や父兄が球場からなだれるように捌けていく。
おばさんからもらったポカリはもうすっかり飲み干してしまったので、
自販機でジュースでも買ってから帰ろうとした。
球場脇にある自販機の前に歩いて行くと、何やら見覚えのあるものが落ちていた。
ユニフォームの形をした…お守りだ。 - 223 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 00:52:21.44 ID:mfxSqCDK0
- 最初は目を疑ったが、それは間違いなく、
先ほど見た奈央の作ったものだった。
「どうしてこんなとこに落ちてんだ」と思って手にとった。
お守りには、「NISHI」と背番号の数字が縫い付けてあった。
結び紐が切れているという事もなく、ポケットからうっかり落としてしまったんだろうか。
それか、まさか捨てたのか…
先ほどまで全力で頑張っていたあの少年が、そんな事をするなんて信じられなかった。 - 226 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 01:47:12.04 ID:mfxSqCDK0
- 拾ったものの、これをどうしようか。
奈央に見せた方がいいのだろうか、
もしかしたら渡せなくて、奈央が自分で捨てたのかもしれない。
渡せなかったとしても、自分で苦労して作ったものを捨てたりするだろうか…
考えたら考えただけ、どうしたらいいものか、分からなくなった。
とりあえず、そのままにしておくのもあれなので自分のポケットに突っ込んだ。
これを持って帰ってどうしたらいいのか分からないが、そうするほかなかった。
帰りはまだまだ陽が高い位置にあって、帰ったら勉強しないとな、と思った。 - 228 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 01:51:31.78 ID:mfxSqCDK0
- その日の夜、俺は早々に勉強への集中力が枯渇し、
おばさんと夕飯の手伝いなんかをしていたら、奈央が帰って来た。
鍵を忘れたようで、インターホンを仕切りに鳴らしており、
おばさんに「開けてあげてw」と言われて、俺は玄関のドアを開けた。
俺が鍵を開けて、「おかえり」と言うと、「ただいま」とだけ言って
すぐに階段へと向かっていく。
お守りの事、言った方がいいのだろうか、なんて考えていたら、
奈央は振り返って「今日はありがとうね」とだけ言って階段を上っていった。
疲れているのか、表情はとても暗かった。 - 229 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 01:52:59.63 ID:mfxSqCDK0
- 「もうすぐ夕飯になるよ」と言うと、「うん」とだけ答えてくれた。
しかし、奈央が夕飯の場に顔を出すことはなかった。
「あとで食べる」とだけ言い、家族の前に顔を出すことはなかった。
俺はちょっと心配になったけど、女子高生なんてそんなもんだろうか、とも思った。
高校の時、仲の良い女子は大勢いたが、付き合ったりもしなかった。
(美香にはふられてしまったし)
俺は家であの子たちがどんな感じかは知らない。
学校ではみんなノリがよくて、ニコニコしていたけど、
そりゃあみんな家に帰ったら「素」に戻るよな、って一人で納得していた。 - 230 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 01:55:54.90 ID:mfxSqCDK0
- 俺なんかが心配したところで、奈央もいい迷惑だろう。
それに俺は浪人生の居候で、わけもわからず突然家に来た奴だ。
そう考えれば、奈央は俺のことをだいぶ受容してくれているだろう。
もっと、根本的に拒否する女の子だっているかもしれない。
そう考えれば、奈央はかなり優しい子なんだろうな、とも思えた。
それも全て、俺がバレーボールをやっていたから、かもしれないが。 - 231 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 01:57:16.28 ID:mfxSqCDK0
- それから数日後の朝、とんでもない暑さで目が覚めた。
熱気と自分の汗で溺れるんじゃないか、と思うくらいの目覚めだった。
間違いなく、ここに来てから一番の熱さだった。
一階に降りると、一番におばさんに話しかけられた。
おばさん「今日は暑いね~今麦茶出すから待っててね」
俺「本当に暑いですね…」
おばさん「熱中症にならないように、気をつけてね」
そう言われて差し出された麦茶を飲んだ。 - 232 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 02:00:06.83 ID:mfxSqCDK0
- 俺「今日は、おばあちゃん達は」
おばさん「おばあちゃんなら、部屋にいるじゃない。おじいちゃんは出かけてる」
おばさん「私そろそろ仕事にいくけど、そこにおにぎり作っといたから、食べてね」
ありがとうございます、と答えて居間の方に行くと、
壁に寄りかかってアイスを食べている奈央がいた。
俺が「おはよう」と言うと、「おはよー」と気持ちの篭っていない声が返ってきた。
俺は居間のテーブルに置かれていたおにぎりを食べながら、話しかけた。 - 233 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/04(水) 02:03:20.39 ID:mfxSqCDK0
- 俺「今日は、部活は?」
奈央「今日は休み」
俺「あ、そうなんだ」
奈央「宿題しないとなー」
話しながらも、奈央の視線は終始テレビの方を向いていた。
窓は開け放たれていて、すぐそばに扇風機が置かれている。
ゴオオオオ、と轟音を放ち、明らかに強になっていた。
他の家族は皆、強にはしない。おそらく、奈央の仕業だ。 - 244 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 00:29:51.06 ID:J77VLEdA
- 俺も暑かったので、特にそれには何も言わず、
テレビを見ながらおにぎりに噛みつく。
他愛のない朝のニュース。外からは、ミーンミーンと蝉の声がした。
窓のすぐ前には、あのマリーゴールドがちらちらと咲いていた。
元気そうに咲いているということは、
奈央がさぼらずに水をやっているという事だろうか。 - 245 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 00:31:33.20 ID:J77VLEdA
- おばさん「奈央、アンタ今日家にいるんでしょ?」
ふと、居間にやってきたおばさんが奈央に話しかけた。
奈央「多分いるけど。なんでー?」
おばさん「今日おじいちゃんいないから。畑に水やっといてよ」
奈央「ええー?この暑いのに?やだよぉ」
俺はわけも分からず、おにぎりの手を止めて二人の会話を聞いていた。
おばさん「じゃあこの炎天下でおばあちゃんにやらせるの?」
おばさん「家にいるんだから、やっといて」
奈央「えー、でもぉ」
おばさん「お願いね、おじいちゃんも今日は多分夜まで帰ってこないから」 - 246 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 00:34:53.91 ID:J77VLEdA
- おばさんはそう言って足早に玄関から出て行った。
奈央「もう最悪…こんな暑いのに畑なんて出たくない」
俺「畑に水やり?隣の?」
奈央「うん、そう。水あげないといけないの」
俺はよく分からなかったので、続けて質問する。
俺「へーそうなんだ。あれってやっぱり、ぶどうか何かなの?」
奈央「うん、そだよ。ぶどう」
奈央「この辺はみんなぶどう農家ばっかり。毎年やってるよ」 - 247 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 00:41:51.06 ID:J77VLEdA
- 俺「へえ、ぶどうかぁ。すごいな、ぶどうなんて滅多に食べないよ」
奈央「そうなの?やっぱり東京ってそういう感じなんだ」
奈央「もうじき嫌って言うほど食べられると思うけどね」
奈央はそう言ってにやにやと笑った。
俺はそれがちょっと可愛いと思ってしまった。
俺「なんだか面白そうじゃん。水やり手伝おうか?」
奈央「え、マジ?手伝って手伝って!」
俺がそう言うと、奈央は喜々として立ち上がった。
奈央「それ食べ終わったら準備してすぐ外に来て!」
そう言い残すと奈央は急いで階段を上がっていった。 - 248 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 00:45:04.82 ID:J77VLEdA
- パジャマであるスウェットから、とりあえずTシャツに着替えてタオルを持って外に出た。
まだ午前中だというのに、茹だるような暑さだった。
遠くの景色がグラグラと沸騰しているように揺らいで見えた。
間違いなく、この夏一番の暑さだった。
奈央は窓先の花に水をやって待っていた。
「そんな恰好でいいの?」と俺の方を見てつぶやいた。
俺「だめなの?」
奈央「いいけど、焼けちゃうし虫に刺されるかもよ?」
そう言われてみれば、奈央は長袖長ズボンで完全防備だった。 - 249 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 00:46:27.58 ID:J77VLEdA
- 俺「まあ、それくらいならいいかな。日焼けも虫も、大して気にならないし」
奈央は「ふーん、じゃあいいか」と言って、水道からホースを引っ張っていった。
俺「このホースを、そこの畑まで持っていくの?」
奈央「そだよ。うちには潅水設備とかないからね。いっつもこうやってる」
奈央「私が持ってくから、ホースが絡まらないように、そこで持ってて」
俺「オッケー」
そう言って、奈央はホースをするすると隣のぶどう畑まで伸ばしていく。 - 250 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 00:47:32.43 ID:J77VLEdA
- 毎年手伝っているんだろうか、かなり慣れた様子だった。
俺もホースを中継しつつ、隣のぶどう畑に足を踏み入れる。
奈央「あ、そこ!」
俺「へ?」
奈央「ムカデ!ムカデがいるよ!」
俺「うえええ!?」
突然言われて、思わず変な奇声を発してしまう。 - 251 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 00:48:45.48 ID:J77VLEdA
- 奈央「あっはっは!ウソウソ!ムカデなんていないよ」
奈央は楽しそうに、大口を開けて笑った。
俺「ひっでー。なんでそんな嘘つくのよ」
奈央「ごめんごめんwでも本当にでることもあるから、気をつけてね」
奈央はよっぽど面白かったのか、しばらくクックック、と笑うのを堪えられないようだった。
数日前には何か落ち込んでいるようだったから、
たとえからかわれても、奈央が楽しそうに笑っているのは何か安心した。 - 252 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 01:05:04.81 ID:J77VLEdA
- 水道に戻って合図をする。
俺「じゃあ水出すよー」
奈央「お願いー」
俺が蛇口を捻ると、グオっと水が通うのを感じた。
そのまま小走りでぶどう畑の方に向かう。
頭上にぶどうの樹の葉っぱが幾重にも重なっているから、
ぶどう畑の中には木漏れ日が無数に揺れていた。
風が吹くたびにぶどうの葉も揺れて、木漏れ日もキラキラと瞬いた。 - 253 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 01:06:31.97 ID:J77VLEdA
- その中で真剣な顔をして水をやる奈央を、しばらくぼーっと眺めていた。
俺「へー、こうやって水をあげるんだね」
奈央「そうだよ。でもあげすぎもダメだから、何日かに一回って感じ」
奈央「暑い日が続いたら、ただの水撒きもしたりする」
何もかもが初めてのことで、こんな農作業は初体験だった。
俺「こういうの初めてだから、なんかワクワクする俺」
俺がそう言うと、奈央は「うそーw」と言って笑った。
奈央「まあ、家が農家でもないとこんなんないよね」 - 254 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 01:12:49.54 ID:J77VLEdA
- 俺「なんでぶどうに紙袋みたいのかぶせてるの?」
奈央「日焼けしちゃうからだよ」
俺「日焼けぇ?ぶどうが?」
奈央「そう。日光に当てすぎるのは良くないんだよ」
俺「へぇー…」
俺はホースの補助をしながら、水をやる奈央を見ていた。 - 255 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 01:44:19.93 ID:J77VLEdA
- 木漏れ日がゆらゆら揺れて、奈央と俺を照らす。それが眩しかった。
奈央「あのさ」
俺「何?」
奈央「…やっぱいい」
俺「は?どうしたの?気になるじゃん」
そう言うと、奈央は申し訳無さそうな表情でこちらを見た。
奈央「なんで、バレーやめちゃったの?」
俺「え」
奈央の言葉に不意を突かれてドキリとしてしまう。 - 256 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 01:45:25.01 ID:J77VLEdA
- 奈央「ごめん。本当は聞かない方がいいと思ったけど」
奈央「嫌なら、言わなくてもいいから」
俺はしばらく悩んだ。
どうしてか、奈央にケガの事を言うのは憚られた。
たぶんおばさんにもおじさんにも、
俺が腰を悪くしてバレーを辞めたのは伝わっていないはずだ。
ケガをしてしまった自分が情けなく思えて、俺は隠していたかったのだ。 - 257 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 01:48:04.17 ID:J77VLEdA
- 俺「もう、十分やったからね。満足したって感じ」
俺「深い意味はないよ」
奈央「バレー、嫌いになっちゃったの?」
俺は大きく首を横に降った。
俺「まさか。大好きだよ。他のどのスポーツよりも好き」
奈央は、「ふーん…」と言いながら、水やりを続けていた。
何か、見透かされているような気がした。 - 258 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 01:49:15.93 ID:J77VLEdA
- 奈央「これが終わったら、対人してくれない?一日ボールに触らないの、不安だから」
奈央「勉強する…?」
俺「お、やる?全然いいよ。じゃあ早く終わらせよ」
俺がそう言うと、奈央は「うん!」と言って笑顔になった。
今は難しい事は考えたくない。
奈央に笑顔が戻ってきたなら、それでいいんだと思った。 - 259 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 01:50:21.91 ID:J77VLEdA
- 日差しは相変わらず強い。もう、夏も本番なんだ。
「よし!こんなんでいいかな!」と言った奈央は、畑からホースを撤収し、
家の目の前に向かって勢い良く水を振りまいた。
アーチを描いて霧散した水滴は、
太陽光を反射してプリズムのようにキラキラと散っていった。
燦然たるその光景が、なぜだか俺の胸をきゅっと締め付けた。 - 277 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 22:34:33.43 ID:NHoSgdPp
- 奈央がボールをポンポンと叩きながら玄関から出てくる。
俺は水道で水をがぶ飲みしていた。
奈央「この前と同じ感じでいい?」
俺「ん、いいよ」
俺はびしょびしょになった口元を腕で拭って返事をした。
水を飲んだら、溌剌とした気分になった。 - 278 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 22:35:53.66 ID:NHoSgdPp
- 「いくよ」
奈央がボールをひょいっと上げて、俺の元に打ち込んできた。
バンッと両腕でキャッチ(レシーブ)し、奈央の頭上へ優しく返す。
奈央が「さすが」と笑いながら、俺に向かってトスを上げる。
綺麗にトスが上がって、「いける」と感じた。
振りかざした手はバチンッと気持ちよくボールにミートして、
かなりの速さで構えた奈央の元へ飛んでいった。
軌道が安定していたので、
奈央はほとんど動くこと無くレシーブを高々と上げた。
奈央はレシーブしながら痛切な声で「はっや」とつぶやいた。
俺は「ナイスカット」といいながら、少々低めのトスを返す。
奈央は「よし!」と言いながらトスの軌道を見定めて、パシン!とボールを叩いた。 - 279 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 22:39:17.08 ID:NHoSgdPp
- 俺の構えとぴったりの所にボールが飛んできて、
「おっけ!」といいながらレシーブを奈央の元へと返す。
奈央も「ナイスカット」と笑いながら俺にトスを上げた。
これまた、いい感じの打ちごろのトスだ。
俺は軽やかにボールを叩いて、奈央の元へ打ち込んだ。
ボールは少々手前に落ちそうになって、俺はまずいと思った。
奈央が、「オーケー!」と叫んで地面に滑り込んだ。
ボールは奈央の目の前でバウンドし、奈央はそのまま地面に倒れこんだ。 - 280 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 22:51:02.81 ID:NHoSgdPp
- 俺「あ、あぶないよ!」
奈央「いった…つい癖で、フライングしちゃった」
奈央はそう言うと、俺の方を見て「しまった」という感じで苦笑いした。
俺「その執念は良いと思うけど、今は外だから…手とか大丈夫?」
奈央「うん、平気だよ」
奈央はTシャツが土だらけになっていたが、ケガはなさそうだった。
俺「よかった。大事な試合があるんでしょ?あんまり無茶すんなよ」
奈央「ああいうボール、試合でもよくあるけど、とるのが難しくて」
奈央は服を払いながら立ち上がって、俺の方を見た。 - 281 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 22:52:05.18 ID:NHoSgdPp
- 俺はピンと来て、奈央の姿勢を見てみることにした。
俺「ちょっと、レシーブ姿勢とってみて」
奈央「うん?…こうかな」
奈央は膝を曲げて腰の重心を落とした。
俺「うん、間違ってはいないね」
俺「でもそれだと、前にボールが落ちそうな時、すぐ反応できないんだ」
奈央「確かに」
俺もレシーブ姿勢を構えて、奈央の前で見せて上げた。
俺「ただ膝を曲げればいいってわけじゃないんだ」
俺「膝の皿は、自分の足首より前に持っていく感覚なんだ」 - 282 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 23:02:51.14 ID:NHoSgdPp
- 奈央「足首の前…?」
俺「そう。そうすると、重心は落ちながらも自然と体は前にいくでしょ?」
奈央「あ、本当だ!なんだか動きやすいかも」
奈央の顔がキラリと光って、何度も何度もその姿勢を確かめた。
俺「これがレシーブの基本なんだ」
俺「相撲の取り組みっぽい姿勢だ、なんて言われたなぁ俺は」
そう言って俺が笑うと、奈央も「ほんとだw」と言って笑った。
俺「俺も高1の頃レシーブ下手だったから、コーチに何度も言われてさ」
俺「もうすっかり、頭から離れないわw」 - 283 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 23:06:21.40 ID:NHoSgdPp
- 奈央は輝いた表情で、「うんうん」と頷いて繰り返し姿勢を確認していた。
俺「打ってみるから、カットしてごらん」
奈央「うん、オッケー!」
俺が少しだけ厳しい球を打つと、奈央はススス、と滑らかに移動してボールをカットした。
俺「そう、それだよ!いい感じじゃん」
奈央「わー、なんかぜんぜん違うかも!」
俺「さっきはこの球に飛び込もうとしてたからなw」
奈央「ほんとだよねw」 - 284 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 23:08:09.08 ID:NHoSgdPp
- 奈央とバレーをしていると楽しかった。
腰の痛みも、一瞬だけ忘れるようだった。
奈央は俺の言ったことを素直に受け止めてくれ、
それをひたむきに実践しようとしていた。
そんな奈央を見ていると、
俺は失った気持ちを色々と取り戻すような気分になれた。
奈央「1、教えるの上手いね」
奈央は肩で息をつきながら、俺の方を見て言った。
そう言ってもらえるのが嬉しくて、不意に胸が熱くなってすぐには何も言えなかった。
奈央「あっつい。そろそろ水飲んでいい?」
俺「うん、飲みなよ。熱中症になったらやばいよ」 - 285 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 23:09:36.26 ID:NHoSgdPp
- 昼前の白い日光が庭中を照らしていた。暑すぎる。
奈央「1に教えてもらってたら、めっちゃ上手くなれるかも」
奈央は水道で水を飲みながらそんな事を言った。
俺はやっぱり、その言葉が純粋に嬉しくて、少し恥ずかしかった。
俺「俺のおかげってわけじゃないよ。奈央だって真面目にやってるから」
奈央「だよねーん」
奈央はそう言うと、元気ににかっと笑った。
溌剌とした笑顔、とはこういうものを言うんだろう。
その笑顔を見て、ちょっとだけ胸が騒いだ気がした。 - 286 :名も無き被検体774号+ 2015/11/05(木) 23:11:47.39 ID:7I2c9t8c
- >>285
透明すぎる
あなたの書く世界、透明すぎるよ… - 287 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/05(木) 23:13:34.19 ID:NHoSgdPp
- 奈央と二人きりになったら、あの「お守り」の事を話そうと考えていたが、
奈央の明るい表情を見ていたら、なんだか話すのが怖くなってしまった。
なぜだか分からないが、
そのことを話してしまうとこの笑顔が消えてしまうんじゃないかと、
俺は「余計な」心配をしていた。
そんな事考えずに、話してしまえば良かったのだが。 - 294 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/06(金) 01:24:42.02 ID:8z+/2djX
- 昼飯を食べて、午後から自分の部屋で勉強をしていたら
「ピンポーン」というインターホンの音が鳴った。
奈央が下に降りる様子もなく、おばあちゃんもいないようだったので、
「いいのかな?」と思いつつも俺が玄関の戸を開けた。
そこには、短髪の見知らぬ少年が立っていた。
この前野球観戦の時に見た制服だったから、恐らく奈央の高校の生徒だ。 - 295 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/06(金) 01:25:46.66 ID:8z+/2djX
- 男子「あ、え?こんにちは…」
俺「こんにちは…」
彼は、いかにも「予想外の奴が出てきた」という表情で俺を見た。
男子「奈央さん、います…?」
俺「あ、はい。ちょっと待ってね」
俺はそのまま2階に上がっていき、奈央の部屋をノックした。
俺「なんか、男の子来てるけど」
すると、中から「えー?どうせタクミだろ」と声がした。
奈央はバタバタと玄関へ降りていき、
「やっぱり。何の用ー?」と親しげに話し始めた。
俺はその様子を、階段の途中からうかがっていた。 - 296 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/06(金) 01:39:26.54 ID:8z+/2djX
- 少年「いや、墨汁忘れたんで取りに来た」
少年「教室の入り口閉まってっから、こっちから入れてくれ」
奈央「またそれ。ちゃんと持って帰れし」
少年「しょうがないだろ。先生いねえの?」
奈央「おばあちゃんなら出かけてるよ」
どうやら彼は、ここの書道教室に通っている高校生のようだ。
家の中に他に誰もいないからか、嫌なほど会話が聞こえてくる。
奈央との様子を見ている限り、かなり旧知の仲なのだろう。 - 297 :1 ◆aPqsLiX.0g 2015/11/06(金) 02:03:09.16 ID:8z+/2djX
- 少年「ってかあの人誰?兄ちゃんなんていないよな?」
奈央「親戚…って感じかな。浪人生で、うちに勉強しに来てる」
少年「ふーん。めっちゃ背でかいからビビったわw」
俺の話題が展開され、少しドキッとして嫌な汗が出そうになった。
少年「そういやさ、野方先生来てたぞ、学校に」
奈央「え、先生が?今日うちら部活ないのに」
少年「職員室で偶然見かけてさ。産休決めたって言ってたぞ」
奈央「えっ!?それ、マジ??」
奈央が急に大声を上げたので、俺の心臓がばくん、と飛び上がった。 関連記事
-
- 夢を捨てた俺に忘れない夏が来た(1)
- 夢を捨てた俺に忘れない夏が来た(2)
- 夢を捨てた俺に忘れない夏が来た(3)
- 夢を捨てた俺に忘れない夏が来た(4)
出典:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news4viptasu/1446046979/
(∩´∀`)∩ コメント大歓迎 ヽ(^o^)丿
(=゚ω゚)ノ コメントについてのあれこれ
1.スパム防止の為、URLは貼れません。httpのhを抜いてください
2.エロや差別的なキーワードにはフィルタが掛かって書けない事があります
1.スパム防止の為、URLは貼れません。httpのhを抜いてください
2.エロや差別的なキーワードにはフィルタが掛かって書けない事があります