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桜

【コピペでも】夫婦・家族のジーンとする話を集めるスレ【オリでも】

78: 素敵な旦那様 04/11/26 11:15:34
俺の嫁はボランティアで公園の桜の世話をしていた、一番好きな花だから。そんな理由
四季にあわせて料理をし、俺に合わせる程度に酒を嗜む、出来た女だった

けど病気にかかりそのまま亡くなった、31歳だった

霊柩車に嫁と俺を含めた家族が乗り込み、公園の横を通りかかった頃
その嫁の世話していた桜が一斉に散りだした、「ブオオオオブオオオオ」という音と共に
最初は風か何かかと思ったが、少し違う。そういえば何かで読んだ事があるが桜は散る瞬間に音が鳴るそうで
それらが互いに共鳴しあいまるで桜が泣くかの如く

そして嫁の父親が「○○!見ろ!桜が泣いちょるぞ!○○!聞け!聞け!」
俺も涙で前が見えなかった、桜色に染まった風景が涙で霞んで朧のような桜、空気が桜色に染まったような錯覚を覚えた
あの風景は絶対忘れられない、すべてが桜色に染まった

あれから二年、今でも桜を見ると耳を傾けてしまう、あの桜の声が聞きたくて
80: 素敵な旦那様 04/11/27 09:48:32
>>78
忘れられない風景ってあるよな
子供の時見たもの凄い蒼い空とか

88: 素敵な旦那様 04/12/04 02:07:38
45 名前:名無しさん脚:03/11/20 01:38 ID:bgufB06L
俺が小さい頃に撮った家族写真が一枚ある。
見た目普通の写真なんだけど、実はその時父が難病(失念)を宣告されていて
それほど持たないだろうと言われ、入院前に今生最後の写真はせめて家族と・・・と撮った写真らしかった。
俺と妹はまだそれを理解できずに無邪気に笑って写っているんだが、
母と祖父、祖母は心なしか固いというか思い詰めた表情で写っている。
当の父はというと、どっしりと腹をくくったと言う感じで、とても穏やかな表情だった。

母がその写真を病床の父に持って行ったんだが、その写真を見せられた父は
特に興味も示さない様子で「その辺に置いといてくれ、気が向いたら見るから」と
ぶっきらぼうだったらしい。母も、それが父にとって最後の写真と言う事で、見たがらないものを
あまり無理強いするのもよくないと思って、そのままベッドのそばに適当にしまっておいた。

しばらくして父が逝き、病院から荷物を引き揚げる時に改めて見つけたその写真は、
まるで大昔からあったようなボロボロさで、家族が写っている部分には父の指紋がびっしり付いていた。

普段もとても物静かで、宣告された時も見た目普段と変わらずに平常だった父だが、
人目のない時、病床でこの写真をどういう気持ちで見ていたんだろうか。

今、お盆になると、その写真を見ながら父の思い出話に華が咲く。
祖父、祖母、母、妹、俺・・・。


その写真の裏側には、もう文字もあまり書けない状態で一生懸命書いたのだろう、
崩れた文字ながら、「本当にありがとう」とサインペンで書いてあった。
95: コピペ 04/12/08 01:33:13
3年前、妻と長女が事故で他界しました。

先日、次女が7歳の誕生日を迎えました。
早く仕事を切り上げて帰宅し、
次女と2人で妻と長女に誕生日の報告をした時の事です。
次女が長女の遺影に向かって、
「ゆうちゃん(長女)は6歳だから、今日からは、さや(次女)がお姉ちゃんだね。」
と言ったとき、涙を堪えきれませんでした。

ミチエへ
年上の君に、「もうすぐ三十路だね。」などとからかっていましたが、
僕の方が先に三十路になっちゃいました。
年下の夫で頼りなく思っていたかもしれませんが、
年上になった今、少しは頼もしく見えますか?
さやは君そっくりに、たくましくしっかり者に成長しています。
ゆうちゃんと2人で、安心して見守っててください。
126: 泣ける2ちゃん から 04/12/16 11:35:53
609 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:02/06/01 17:31 ID:c.nPTq2A

我家は母子家庭。
もちろん裕福ではないけど、つつましく暮らせば
生活に困るような事もないような家庭のつもりだったのですが。

ある日、元々指輪など装飾品にそれほど興味のなかった私が珍しく
超々安物の指輪を気に入って購入した夜。
私「ねえ、これかわいいでしょ~?」(本当に気に入ってたから)
小4の息子「買ったの?」
私「うん、どう?」
息子「高かった?」
私「まっさかーー、500円だったかな」

その後、何故か息子は下を向いて黙ってしまい
どうしたのかと思ってたら
「俺が大きくなったら、すっごい高い指輪買ってあげるから」
って涙ふきふき言われてしまいました。

買えないから買わないのももちろんあるけど、我慢するほど
そういうのが欲しい私ではなかったのに
息子は、きっと勘違いしちゃったんだろうなって。
でもそんな気持ちが嬉しくて、私も泣き笑いしちゃった。

これから先、何があってもこの子がいてくれたら
乗り越えていける、って改めて思わせてくれた夜でした。
238: 素敵な旦那様 04/12/27 14:30:15
604 名前:大人の名無しさん  sage 投稿日:04/05/11(火) 00:03 ID:PQeHPMxB
昨日、親父の七回忌だった。

うちは本当に貧乏でさ、商売やってたんだけど、つぶれてシャッターがおりてる店がほとんどの寂れた商店街の隅っこに店があって、それでも「店で待っていてもお客は来ない」って両親は毎日毎日朝から晩まで注文取りに走り回ってた。
俺は五歳下の妹と二人兄弟で、小学生の頃からいつも二人で夕食を作って遅くまで両親の帰りを待ってた。
小学生の料理なんてうまいはずはないけれど、親父は「お前たちのカレーはすごくいい味だ」ってほめてくれた。
明るい家族だったから、貧乏でも楽しかった。
休みの日には、大きな鍋とインスタントラーメンを持って海に行って、たき火をしてラーメンを煮て食べた。
おいしかったなぁ。
小学校中学校と放課後友達と遊んだ記憶はほとんどない。
妹の面倒見なくちゃいけなかったし、家の手伝いもあったし。

高校受験の時にね、「こんな暮らしをしててもお前は貧乏から抜け出せない。家のことはいいからちゃんと大学出て、自分でやりたいことを見つけろ」って親父が言ってくれて、鹿児島の全寮制の高校に行かせてくれたんだ。

バイトはできなかったけど、運良く奨学金がもらえて仕送りなしで高校に通えた。
たまに帰省すると、その度にくしゃくしゃの千円札を母親に隠れて何枚か渡してくれて、「少しで悪いな」って。
そんな金使えないよな。
今でもしまってある。
35枚。

馬鹿なりに一生懸命勉強して東京の国立大に受かった。
ホントは受かっただけで満足だった。
でも、親父すごく喜んでさ「商売がんばってるから大学行ったら仕送りしてやれるぞ」って。

大学に入ってからはバイトバイトの毎日で、何とか授業料と生活費は自分で稼いだ。
大学でも寮に入れたから家賃は楽だった。
親からの仕送りは毎月三万円。
もったいなくて使えずに郵便局の仕送り口座にお金が貯まっていって、「好きに使っていいんだぞ」なんて手紙が来たりして。
そう言われると、苦労して送ってくれてるお金をそのままにしておくのも悪い気がして、毎月郵便局から引き出して、銀行の口座に移してた。
239: 素敵な旦那様 04/12/27 14:30:48
605 名前:大人の名無しさん  sage 投稿日:04/05/11(火) 00:04 ID:PQeHPMxB
卒業間近になって、大学院を勧めてくれる先生がいたけど、早く就職して親に仕送りしてあげたいと思ってたから、断った。
そのころ、たまたま東京の親戚が亡くなって、東京に両親が来た。
何を思ったか研究室にまで押しかけて来ちゃってさ、先生に御礼なんか言ったりして。
そうしたら先生が余計なこと言い出しちゃって、大学院を親に勧めるのよ。
親父またまた喜んじゃって「なんで断ったりするんだ」なんて叱られちゃったりして。
結局、大学院にも進ませてくれた。
同じ大学の大学院に行くときも入学金って必要なんだよね。
毎月の三万円積み立てから25万円出した。
初めて仕送りを使った。

大学院に行ったら、研究でで食っていけるかななんて思い始めて、学振の特別研究員に受かった(月に20万も給料が出る)こともあって、修士終わってから博士課程に進むことにした。
博士になったら学生なのに仕送りができる!って内心かなりうれしかった。

修士論文を提出した日。
初めて母親から研究室に電話。
「どうしたの研究室に電話なんかして。修士になったよ。次は博士だぞ。」
「あのね、お父さん、ここ何日かずっと調子悪いって言ってて、今日胃カメラ飲んだの。写真見せてもらったら、ものすごい状態だった。」って。
末期の胃ガン。
背中の方に向かって進行していたから、食欲も衰えずに気づかないことがあるらしい。
目の前真っ暗。
頭の中真っ白。
「そんなわけないだろっ」って大声で叫んでしまって、同じ研究室の学生に「どうしたんですか」って。
240: 素敵な旦那様 04/12/27 14:31:08
606 名前:大人の名無しさん  sage 投稿日:04/05/11(火) 00:05 ID:PQeHPMxB
医者に電話したら「一日でも早く手術しないと」って話で、友達にお父さんが医学部の教授ってやつがいて、そいつに頼んで「消化器ガンなら日本一」って先生を紹介してもらった。
三日後に入院して七日後に手術。
胃全摘、脾臓全摘、膵臓半分摘出の大手術。
手術の前の晩、親父と二人で人気のない病院のロビーで、手術のこと話した。
地元の病院で撮った胃カメラの写真を見て、自分の病気はよく知っていた。
どんな状態かも知っていた。
でも「悪いところ取って、ようやく第二の人生だな」と笑って言っていた。
明るい親父に家族はどれだけ救われたか。
手術が終わって、先生に摘出した臓器を見せてもらった。
金属製のバットに山盛り。
こんなに取っても人間は生きられるのかって思った。
先生は「取れるところはすべて取りましたよ。後は抗ガン剤で転移巣をやっつけます。」と言っていた。
でも、手術後少ししてからずーっと背中に激しい痛み。
抗ガン剤も効果はいまひとつ。
俺と妹と母親と、親戚の家から毎日病院に通って交代で夜通し付きっきりの看病。
妹は50kgから30kgに激やせ。

もう痛みが我慢できないと言うので、真っ赤なモルヒネ錠剤を経口で投与して痛みを抑えてた。
モルヒネが効いているうちはなんとか普通の感じ。
車いすに乗っけて、中庭に連れて行ったりもした。
俺、親父と二人っきりでいたことなんてないからなんとなく気まずくて、車いすを景色のいいところに押していって、少し離れたところでぼーっと座ってた。
「近くにいてくれないか」と言われて近くに行ったら、子供の頃手をつないでもらった時とは比べものにならないくらい細くなった腕を膝掛けから出して、しわしわになってしまった手でぎゅっと手を握られた。
二人で声も出さずに泣いた。
241: 素敵な旦那様 04/12/27 14:31:30
607 名前:大人の名無しさん  sage 投稿日:04/05/11(火) 00:06 ID:PQeHPMxB
ある日「五年後の話をしてくれないか」とベッドの父に聞かれて、
「俺は29だからたぶん大学で研究してるな。
妹は24か。結婚して子供もできてるかもよ。
お母さんは、うーん、まだ店がんばってるんじゃない?
お父さんは、退院しても胃がないから、毎日グルメ番組見て、あれがうまそうだ、とか、これ買ってこい、とかわがまま言ってるかもよ」
なんて答えてた。
そんなに長く生きられるなんて俺も親父も思っていなかったくせに。
五年後がどんなに遠い未来なのかも分かっていたくせに。

結局、親父は死んでしまった。
手術から三十三日。
病院で胃カメラ飲んでから四十日。
62歳の誕生日から十日。
夕方研究室から病院に行ったら、もう息を引き取ってた。
「実験してるだろうから、呼ばなくていいぞ」って言ってたらしい。
最後に何かを言い残したらしい。
でも、俺は親父がなんて言ったのか知らない。
悲しすぎて知りたくない。

あんな大手術をさせて、殺してしまったのは俺だって、ずーっと思ってる。
俺が手術をすることを決めて、家族もみんな俺の言うことに納得してくれて、でもその結果、親父をあっという間に殺してしまった。
悔やんでも悔やみきれない。
ごめんな、お父さん。本当にごめんな。

葬式。
親戚が「まだ学校に行かせてるのか」なんて、何にも知らないくせに母親に言ったりしてた。
「この子はお父さんのできなかったこと頑張ってるんだから、私一人でも最後まで学校に通わせるつもりです。この子はお父さんの夢なんです。」
って、言ってくれた。
ドアの向こうでそれを聞いていた。
親は有り難いと思った。
もう泣かないつもりが、止めどなくあふれた。
242: 素敵な旦那様 04/12/27 14:32:05
608 名前:大人の名無しさん  sage 投稿日:04/05/11(火) 00:06 ID:PQeHPMxB
お父さん。
あれから六年だな。
俺は大学で毎日研究をしてる。
今年、学会で賞をもらった。
去年、結婚した。
大学に入ってから仕送りしてくれたお金で、婚約指輪を買ってやった。
お父さんからだぞって言って渡した。
かずはお母さんの仕送りと俺の給料でなんとか大学に行かせてやれた。
四年で卒業して就職して、おととしお嫁に行った。
キャリアウーマンとかいって、かっこつけて歩いてるくせに、少し太った。
幸せそうだけど、たまに夫婦げんかをして泣きながら電話をしてくることがある。
お母さんは、一人で店を頑張っている。
一緒に住もうと言ってもまだ頑張るって、言うことをさっぱり聞いてくれない。
お父さんへの恩返しはもうできないけどさ、お母さんと妹といつか生まれてくる俺の子供に精一杯のことをしてあげるつもりでいる。
お父さんの描いた将来に少しは近づいているのかなぁ。

俺が生まれてからお父さんが酒もたばこもやめたって葬式で聞いた。
酒は飲めないんだと思ってた。
そんなことを聞いてから今まで、酒を一滴も飲まなかった。
昨日、法要が終わってから、高校生の頃お父さんがくれた千円札で瓶ビールとチューハイを買ってきた。
千円札を出すとき涙がでたよ。
違うお札にしようかと思ったけど、やっぱり使ってみた。
うちの奥さんと、お父さんの話をしながら酒を飲もうかと思ったんだ。
うちの奥さんは結構酒が飲めるらしい。
二人で初めて飲む酒はきっと楽しい酒だ。
さっきメールが来て、夕食はカレーだって。
俺が昔作ったのよりずっとうまいカレーをお父さんと一緒に食べたい。
カレーを食べながら話したいことがまだまだたくさん、たくさんあるんだ。
元スレ : http://mimizun.com/log/2ch/tomorrow/1100174799/
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この記事へのコメント
(∩´∀`)∩ コメント大歓迎 ヽ(^o^)丿

 コメント一覧 (2)

    • 1. 通りすがりのほのぼのさん
    • 2014年06月28日 00:10
    • ちくしょうっ 酔っぱらいを泣かせるな(Тωヽ)
    • 2. 通りすがりのほのぼのさん
    • 2014年08月23日 16:47
    • うー感動(T_T)
      いい話ありがとm(__)m
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